私の政治哲学(第3回)

悪魔と契約を結ばねばならない政治家の人格はいかにあるべきか。政治家はいかなる道徳を保持すべきか。今回はこれらの点について考えてみたい。

『武士道』(新渡戸稲造著)

私は右翼でもなければ国家主義者でも決してない。「武士道」などというと、戦後の民主主義に慣れた方々からは封建道徳の遺物のように感じられるかもしれないが、しかしその根幹には政治家の道徳として極めて重要な思想が横たわっている。

まず仏教から始めよう。運命に任すという平静なる感覚、不可避に対する静かなる服従、危険災禍に直面してのストイック的なる沈着、生を賤しみ死を親しむ心、仏教は武士道に対してこれらを寄与した。』『(仏教の目的は)すべての現象に横たわる原理、絶対そのものを確知し、かくして自己をばこの絶対と調和せしむるにある。』

新渡戸博士によって、我々は武士道が仏教にその淵源をもつことを知るのである。人間には自由に生きる権利がある。しかし人生には自由にならない側面が多いことも事実である。生まれながらの障害や不慮の事故や病気もある。その人のもつ生命の傾向性による不幸というものもある。健康で優秀であっても、思わぬ会社の倒産などによって忍従を強いられる場合もある。このような絶望の淵にあって、人間いかに生きるべきか。昨年も自殺者が三万人を超えたという。しかも中高年が圧倒的に多い。

私は改めて自己を深く見つめ直し、絶対の真理との一体化をめざす仏教の原点に立ち返る必要を痛感する。そうすれば己がなすべきこと、すべきではないことが明確に見えてくるであろう。

『政治道徳に関する(孔子の)教訓の性質は、平静仁慈にしてかつ処世の智慧に富み、知者階級たる武士には特に善く適合した。』『孔子に次いで孟子も、武士道の上に大なる権威を振るった。』『孔孟の書は青少年の主要なる教科書であり、また大人の間における議論の最高権威であった。』

『しかしながらこれら聖賢の古書を知っているだけでは、高き尊敬を払われなかった。孔子を知的に知っているだけでは「論語読みの論語知らず」と嘲る俚諺がある。』 『知識はこれを学ぶ者の心に同化せられ、その品性に現れる時においてのみ、真に知識となる。知的専門家は機械であると考えられた。』『武士道はかかる種類の知識を軽んじ、知識はそれ自体を目的として求むべきではなく、叡智獲得の手段として求むべきであるとなした。それ故に、この目的にまで到達せざる者は、注文に応じて詩歌名句を吐き出す便利な機械に過ぎざるものとみなされた。』

孔子や孟子を政治道徳の教科書としつつも、それを知っているだけでは尊敬されず、厳格な実践があって初めて真の道徳となるというところに日本の国の素晴らしさがあった。明治以降の日本ではいつの間にか、大学教授や官僚、弁護士、医師などの知的専門家や、作家、評論家、ジャーナリストなど俗に言う「知識人」を偉い人と勘違いしているのではないか。実践道徳の伴わない知識人は単なる機械に過ぎないのである。知識偏重の戦後教育がやはり誤っていたことは明確である。

『愛、寛容、愛情、同情、憐憫は古来最高の徳として、すなわち人の霊魂の属性中最も高きものとして認められた。』『慈悲は王冠よりも善く王者に似合う』『孔子も孟子も、人を治むる者の最高の必要条件は仁に存することを繰り返した。孔子曰く、「君子はまず徳を慎む。徳は本也、利は末也」と。』『孔孟共に、この王者たる者の不可欠要件を定義して、「仁とは人なり」と言った。』

このことからすると、現在の日本に欠けているのはリーダーたる者の「徳」というということになろうか。戦後の日本では、政治をはじめとしてあらゆる分野で道徳ということを教えなかった。「真の人間」かどうかを見究めるよりも、知識獲得と知識運用能力を測定し、その得点が高いものをより高い地位につけてきた。官僚不祥事などはその失敗が如実の例である。

政治家の不祥事はさらに深刻である。政治家こそ知識よりも道徳家でなければならない。しかし今や政治家は商売人であり、金持ちの資産家であり、それを利用して権力闘争の階段を駆け上っていく、あつかましくて傲慢な人種だと多くの人々が思っている。しかしながら、これまでの考察で明らかなように、弱い立場にある人に対する慈悲、他人の感情を尊敬することから生ずる謙譲の心こそ、政治家の第一条件ではないだろうか。

つづく

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