政治の焦点

政治の焦点(第11話)

ワイドショー政治を打破せよ!

自立するということ

日本の国の政治がワイドショー化している。つまらないゴシップなどが話題の中心で、外交・経済・教育など日本が世界の中でどう生きていくかという高い次元の論戦が見えてこないからである。不景気からいらだちが募り、気に食わない奴をやっつけてやれという「子どものけんか以下のドタバタ劇」ばかりという印象だ。

私は、今日本人にとって必要なことは、すべてを政治の責任になすりつけるような他力本願ではなくて、ひとり一人が政治を当てにせず「自立」することだと思う。もちろん日本の舵取り役の政治に大きな責任があることは当然であるし、私も政治家の一人として言い訳をするつもりはない。ただ日本を再建するのは、やはり国民ひとり一人の強い自覚と決意しかないのである。

中央政治がこれほどまでに低次元化しているのは、マスコミ依存が強すぎるからである。地方では市民に語ることが基本であるが、永田町ではマスコミがいつも政治家を取り巻いている。マスコミを大衆と勘違いしているのである。その結果マスコミ受けを狙うタレント政治が横行する。国会議員がマスコミから自立しなければならない。また、国民もマスコミから自立しなければならない。マスコミの報道に振り回されているだけではなく、その背後にある意図をしっかりと見極める賢明さが必要だ。

経済の構造改革を成し遂げるのは小泉首相ではなく、大企業・中小企業を問わず民間企業の方々なのである。景気を良くするのは政府ではなく、民間企業自身なのである。政府は構造改革の基盤を整えたり、景気の下支えをするに過ぎない。

日本共産党が間違っている点は、国民経済のすべての不如意を政府・与党の責任とし、結局は共産党的国家に依存する国民意識を植え付けていることである。すなわち、自立や自己責任を忘れさせ、他人に責任をなすりつける身勝手な思想であり、国家に寄生していくだけの人間を生み出していくことになる。これではたちまち社会は崩壊する。

政治とはリーダーシップだ

政治は「弱い人のためにある」と言う人がある。まったくそのとおりである。しかしそれがすべてではない。強い人には、「社会への奉仕」を、障害などがない人には「自立と相互扶助」を、また自立できない弱い人には「支援」をしなければならない。要するに政治とは、リーダーシップそのものなのである。しかしこれをうまく表現する日本語が見当たらない。

リーダーシップとは、大衆とともに歩む中に存在するものであり、それは誠に地味な作業であると思う。政治家は、日々市民生活の中に分け入り、支持者の拡大、生起する問題の解決、地域の進むべき青写真の作成、各種運動の展開、さまざまな調査活動等を行っている。さらに、相当の読書と考える力、政治哲学の確立を要求される。国会議員はそのような基本を踏まえた上で、世界の情勢分析と大局観を培わなければならない。また多くの人々を束ねてゆく人間的力量と指導力を鍛え上げるべきだ。

機密費詐欺事件はもとより、大局観のないたたき上げ政治家に振り回された挙句、相手が不利とみるや、共産主義者に国家機密を流すような売国奴のいる外務省の体制こそが一番の問題なのだ。しかしそれを改革するには、勉強不足でわがままな主婦外務大臣では話にならない。またマスコミ受けだけを狙う戦後民主主義教育の失敗作のような某女性政治家も退場願いたい。ワイドショー政治はもうやめにしてもらいたい。

つづく

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