21世紀の政治理念とは何か(3)

政治は文明の表層における一時的な便法

アメリカを代表する世界的な政治学者の、サミュエル・ハンチントン氏は、最近の著書の中で政治と文明の関係について、次のように述べています。

「政治制度は文明の表層における一時的な便法であり、言語や道徳でまとまったそれぞれの共同体の運命を最終的に左右するのは、共同体をかたちづくる基本的な思想」である。 そして、その基本的な思想とは文明のことであり、「文明とは文化を拡大したものである。」また、文化とは、「価値観、規範、社会制度、社会で何世代にもわたって最も重要視されてきた思考様式」を含んでいると規定する。

「世界政治は文化と文明のラインにそって再構成されつつあり」、「冷戦後の世界は、‥最も重要な国家の類別は、‥七つあるいは八つを数える世界の主要文明−西欧文明、東方正教会文明、中華文明、日本文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明、ラテンアメリカ文明に加え、アフリカ文明である。」と述べたあと、日本文化について、 「日本文化は高度に排他的で、広く支持される可能性のある宗教(キリスト教やイスラム教)やイデオロギー(自由主義や共産主義)をともなわない‥そのような宗教やイデオロギーをもたないために、他の社会にそれを伝えてその社会の人々と文化的な関係を築くことができない」。従って日本文明は世界文明の中でも孤立化しているという。


日本文明の特徴をアメリカとの比較で言えば、「個人主義と集団主義、平等主義と階級制、自由と権威、契約と血族関係、罪と恥、権利と義務、普遍主義と排他主義、競争と協調、異質性と同質性」といった側面から指摘している。これらの相違点は文化的には収斂しつつあるが、その差異はいまでも存在するという。

最後に、「来るべき時代には文明の衝突こそが世界平和にとって最大脅威であり、文明にもとづいた国際秩序こそが世界戦争を防ぐ最も確実な安全装置なのである」と述べている。


世界の主要文明間の理解と協力による平和の維持

ハンチントン理論は誠に見事な慧眼であり、日本人が深く考えなければならない視座を提供してくれています。政治が万能であるというような、冷戦時代の思考ではなく、文明こそが社会の基底部にあり、政治は秩序維持の技術に過ぎないとの謙虚な姿勢が大切です。 その上で、日本の21世紀の政治にとって大事なことは、まず日本文明について、その独自性と世界文明の中でも孤立化した存在である、という認識を深めることです。

そして、次に世界の主要文明が平和的に交流し、協力していく仕組みづくりです。それは、互いに学びあい、相手の歴史や理想や芸術や文化を研究し、各自の生活を豊かにしていくことから始めなければなりません。さらに、世界の主要文明の政治的、精神的、知的指導者たちの理解と協力が不可欠です。
現代の日本の政治は、実に小さな国内問題の利害調整に終始しているように思います。もちろん、経済・環境・教育・社会保障など重要なものも多くありますが、やはり日本文明の根本的なところまで立ち返ることなしには、本質的な解決には向かわないように思えます。


さらに、同時に世界文明の動向やその理解なくしては、21世紀の日本は生きてゆくことが困難であることも事実です。特に、中国文明とイスラム文明との関係は21世紀の最も大きな課題となるでしょう。

このような意味で、私は、21世紀の日本の最も重要な政治理念とは、「世界文明間の理解と協力による平和の維持」であると考えるものです。 東アジアについては、何と言っても中国文明の理解、そしてその影響下にある朝鮮半島の文化の理解を改めて進めることが大切です。 というのは、将来アメリカと中国の対立が抜き差しならないものになる可能性があるからです。この文明的対立に根ざす両大国との関係構築が、21世紀日本の最大の課題であることは間違いありません。日米同盟を当面は機軸としながらも、中国、朝鮮半島、台湾との信頼醸成は欠かせません。 そして、その信頼醸成は安全保障上のみならず、官民一体となった文明間の相互理解と協力から進めていかなければならないと考えています。

次号に続く

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