政治の焦点

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定額給付金について(2)

世の中で会社の経営者、知識人のようなエリートと呼ばれる人々や、比較的裕福な方々ほど、定額給付金に対して「天下の愚策だ。何の意味も無い。」などと侮蔑的発言をなされることが多いようだ。そういう方ほど謙虚にマクロ経済学を勉強してほしいと思う。超大企業の経営はどれほど大変なものであっても、世の中全体の巨大なお金の動きをどう捉え、管理・運営していくかは全く別の問題なのである。

 今回の危機の原因は米国の金融問題に端を発することは承知のとおりだが、それによって引き起こされている事態は、ひとつは供給に対して需要が不足していることである。二つ目は金融機関の信用低下によってお金の流れが止まってしまうという問題だ。今回は前者の問題に絞って論じてみたい。

 需要が不足すると、モノが売れない、売上が低下する、赤字になる、借金が返済できない、そのままでは会社の経営が危なくなる、そこで労働者を解雇せざるを得なくなる。これとほぼ同じことが80年前の米国で起きた。いわゆる世界大恐慌である。当時は今回の危機よりはるかに大きな失業が発生した。その理由は需要不足に加え、各国が自国の産業保護のために高い関税をかけるという保護貿易主義政策を実施したからであった。

 そこで登場したフランクリン・ルーズベルト大統領は、まずそれまでの自由放任経済政策を改めて、政府の力で大規模な需要創出政策に乗り出した。すなわち、経済学者ケインズが提唱した、「失業をはじめとする市場不均衡を解消するためには、財政金融政策による政府の市場介入が不可欠である」との理論に基づき、@公共事業によって大量の雇用を生み出す、A金利を引き下げる、B減税を実施する、などの政策が実行されたのである。以後この三つが不況対策の基本として、世界の資本主義各国で実施されてきた。

 今次の金融危機においても、世界の先進諸国はケインズ理論を踏まえて、公共事業、金利引き下げ、減税という対策をいち早く実行に移しつつある。米国ではすでに一人当たり300ドルの小切手が各家庭に送付されている。これこそ定額給付金なのである。昨年11月に開催されたG20では、各国が保護貿易主義に陥らないよう取り決めたほか、協調して同様の需要拡大政策をとることを確認した。日本の定額給付金もその流れの中にあることを理解して頂きたい。

 定額給付金は新しいタイプの減税である。従来の減税は、所得税や住民税を払った人しか恩恵が及ばない。しかし、定額給付金は、消費税は払っているが、所得税や住民税は払っていないという方にもメリットがある。日本では従来の減税よりも3千万人も多くの方に恩恵が及ぶ。海外ではこの方が消費刺激効果があることが実証されている。だから世界の減税の潮流は、定額給付金タイプ(正確には『給付金付税額控除』という)に移っているのである。

 それでも、「日本の名だたるエクセレントカンパニーが経営危機に喘いでいるのに、わずか12千円とか20千円で労働者も企業も救えないではないか」、という疑問を投げつける人もある。また、「日本の輸出の落ち込みが日本経済に与える影響の方が大きな問題であって、それをどう克服するかの政策を提示することがより重要だ。定額給付金などは何の意味もない。」という人もある。

 これに対しては、私は次のように答える。「だからこそ、G20各国が協調して、公共事業、金利引き下げ、減税などの需要拡大政と自由貿易の維持を決めたのである。米国は大規模減税(定額給付金)によって国民の消費マインドを高め、保護貿易策をとらないことで、結果として米国民が、トヨタ自動車など外国商品を引き続き買ってくれるようにしているのである。どうして日本だけが協調行動をとらないのか。欧州や中国などでも同様の政策を行っているのに、なぜ日本だけが世界にあわせないのか。グローバル化した世界経済においては、一国のみの経済政策の効果は小さく、先進諸国の協調した需要拡大政策と自由貿易の維持こそが、不況克服の道筋となるのである。」と。

 定額給付金は2兆円の景気対策であり、これが社会に循環して民間需要を喚起し消費拡大につながるのである。その過程で信用創造が行われお金が円滑に流れていくことを狙っている。単に12千円や20千円の弱者対策に留まらないのである。

 さらに言えば、これは通貨供給量を増やすことによって、デフレ対策にもなることを申し上げたい。現下の経済状況はデフレの様相を呈している。それはモノの価格の下落である。デフレ下では、実質金利が高くなりお金を借りるほど損をすることになる。これでは経済は成長しない。そこで通貨供給量を増やせば、相対的に貨幣価値が下落するので、モノの価格が上昇することになる。通貨供給量は日銀が様々な手法で管理しているが、定額給付金はそのひとつであると考えることもできよう。

つづく

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