政治の焦点

政治の焦点(第42話)

〜2007年民主党年金改革案の欠陥

このコラムは選挙前に掲載するつもりであったが、公職選挙法上ホームページについては不透明な部分があるので選挙後となったことをお許し頂きたい。民主党はマニフェストで年金改革案を発表した。その骨格はすべての年金制度を一元化し、消費税 5% を財源にする最低保証年金と、保険料でまかなう所得比例年金の2階建て構造にするというものである。しかし、よく検討してみると議論が生煮えで多くの欠陥が指摘できる。本稿が掲載される頃には、民主党の大躍進という結果になっているかもしれないが、それ故にあえてその問題点をまとめてみた。

 第一に、計算の根拠が極めてあいまいである。 65 歳以上の人口に月額 6.6 万円を支払うためには単純計算すると年額で 23.7 兆円必要となる。しかし民主党は 13.3 兆円でよいという。約 10 兆円もの差がある理由については、年収 600 万円以上の高額所得者に対する給付の一部ないし全部を制限するという。しかしそれだけでは無理であるというのが私の見方である。最低保証年金額を現在より引き下げるか、所得制限をさらに強化するしかないだろう。大見得を切ったものの、これでは詐欺的と言われても仕方がない。民主党案ははじめに消費税5%を前提として計算しているので、それにあわせて無理やり理屈を捻り出したという感じだ。

 第二に、5%の消費税を年金に使用するとその分の財源を他から調達しなければならないが、民主党の歳出削減策は具体性を欠いている。たとえば、補助金削減・公共調達コスト見直しで 6 兆円、独立行政法人や特殊法人、特別会計の見直しで 4 兆円などとあるが、どの補助金でいくら、どの独立行政法人でいくらというきちんとした裏づけは明らかではない。社会保険庁ひとつの民営化でも強く反対した政党に、果たしてこれだけの大改革ができるであろうか。改革には激しい抵抗と痛みが伴う。手品のように財源は生み出すことはできないのだ。さらに、扶養控除や配偶者控除の見直しは、実は国民に相当大きな負担増となる。このことを知らない国民は余りにも多いと思う。

 第三に、将来の少子高齢化に伴う給付増で財源不足が生じた場合に、消費税の引き上げが迫られることになるのではないか。民主党の改革案はすべて現在の数字を前提としており、将来の姿が全く見えない。加えて歳出削減策が一つでも失敗すれば、たちまち消費税しか財源がないことは明白である。現行制度よりも、民主党案を採用した場合の方が消費税の引上げ圧力が強まるに違いない。現行制度は、基礎年金について税金を2分の1まで投入することに止めており、その財源は定率減税の廃止によるとしているからである。

 第四に、所得比例年金の保険料率をどの程度に設定するのかが不明である。民主党案では、年収 600 万円を超える現役世代の保険料率が現行制度よりも大幅に上る可能性が高い。また、自営業者の場合、仮に現在の厚生年金の保険料率( 13.58% )でも、所得 30 万円の場合月額 4 万円、夫婦で 8 万円を超える負担となる。労使折半のサラリーマンとの格差が生じる上に、このような重い負担に自営業者の方々は納得できるだろうか。

 第五に、将来給付される所得比例年金の具体的な額がいくらになるのか全く明らかになっていないことである。基礎年金額だけではなく、実は所得比例年金額が年金制度のもうひとつの重要な柱である。これでは国民は全く将来の展望が立たない。

 第六に、民主党は新制度への完全移行には 40 年以上かかる見通しという。根本的な問題として、これまで保険料を払って来なかった人は救われることになるが、一方で真面目に支払ってきた人が二重払いになる可能性が高い。支払い済みの保険料を全加入者に払い戻すことも、またその分を将来の給付に上乗せすることも、財源的にも技術的にも極めて困難ではないか。今まで義務を果たさなかった人が救われて、義務を果たしてきた人が馬鹿をみるような制度改革では、国民の間に深刻なモラルハザード(倫理・規範意識の低下)を生み出すであろう。

 最後にマスコミの評価を紹介したい。日本経済新聞 (2007.7.7 付 ) は次のように論評している。「それでも、あいまいさが払拭できたとは言い難い。」「実現できるのかという疑問がないわけではない。」「これで納得しろというのは無理がある。また所得比例年金の保険料率をどの程度にするのか、年金額はいくらになるのかも見えてこない。無責任なその場しのぎととられてもやむを得ない。」

以 上

BACKHOME