政治の焦点

政治の焦点(第41話)

〜2007年参院選 各党のマニフェストを検証する(その1)

参議院選挙が目前に迫ってきた。野党の諸君は年金記録問題を追い風に、選挙を勝ち抜こうという目論みのようだが、国民の冷静な判断としては、原因が明らかに社会保険庁の体質にあることや、与野党ともに責任があることは認識しており、年金管理の不備を1日も早く修正し、本来年金受給権のある人が誰も損をしないようにと願っている。政府与党としてはそのために万全の手を尽くしていることは当然である。特に、年金時効撤廃法案が成立すれば権利の消滅は無くなるのだから、あとは安心して丁寧に納付記録が正しいかどうか調べていけばよいのである。急がねばならないが慌てることはない。野党やマスコミがいたずらに国民の不安を煽ることは良くない。

 前にも述べたが、年金制度は政争の具にしてはならない。政権交代の度に年金制度が変更されたら一体どうなるのか。国民は不安で仕方が無い。野党はパフォーマンスが過ぎる。年金を支える重要な要素は、出生率と経済成長率だ。出生率は 2006 年度に 1.32(2005 年度は 1.26) まで回復し、経済の回復により年金積立金が 150 兆円 (2002 年度は 142 兆円 ) を超え、年金財政は予想以上に安定している。今回の年金記録問題は事務管理の問題であって制度自体に問題があるわけではないのである。この参議院選挙としてはむしろ、年金以外の各党の政策体系であるマニフェストがどうなっているのかを示すことが大切だ。

 しかし、マニフェストの中身を検証する前に大事なことは、当該政党が政権を獲得してそのマニフェストを実現する意欲がなければならない。当たり前のことではないかと思われるかもしれないが、必ずしもそうではない政党がある。日本共産党である。彼らは「たしかな野党」をめざすとしており、政権与党にはならないらしい。とすると、日本共産党のマニフェストなど実現不可能な空証文に過ぎないのではないか。単なる批判だけであれば誰でもできる。批判から智恵を生み出しそれを実行してこそ政党の存在意義があるのだ。

 さて、各党のマニフェストの文言だけを読んでみても、どの政党ももっともらしいことを並べているので、いざ投票するとなるとこれだけで選択するのは一般人にはなかなか難しい。そこで、マニフェストの根底にある各党の基本的思想や価値観の違いを明らかにできれば、各党のマニフェストを読む場合に大いに役立つと思われる。私なりに解説してみよう。

 現代日本の政党の基本思想の違いを明確にする場合いくつかの次元があるが、最も有力であるのは経済的次元の区別である。資本主義、自由主義、市場経済等を容認するのか、それとも社会主義 ( 共産主義 ) 、平等主義、計画経済に軸足をおくのかの違いである。自民党、民主党、公明党は前者に、共産党は後者であることは間違いない。

 前者の思想を貫くと弱肉強食の世界と化してしまうので、経済・雇用規制や累進税率の採用、福祉政策などにより弱者保護を充実させる必要がある。この点民主党は雇用問題などに、また公明党は福祉や教育政策に重点を置いてきた。他方、後者の思想を貫くと、個人の自由が抑圧され能力のある人が意欲を失くしてしまうので経済が停滞する。このことは壮大な社会主義 ( 共産主義 ) の歴史的実験で確かめられているので、中国や日本共産党のように、資本主義・市場経済を認めざるをえないという大矛盾に直面している。

 また、かつては資本主義・自由主義・市場経済を支える主体は資本家・経営者、社会主義・平等主義・計画経済の主体は農民や労働者というような階級論がよくなされた。しかし、この階級論的発想に全く新しい新風を吹き込んだのが公明党であった。それは仮に階級が存在するとしてもそれを形作るものは人間であるという発想だ。資本家・経営者であっても生まれながらにしてそうである人は少なく、一介の労働者に過ぎない人間が努力してその地位を獲得していくケースがほとんどだ。人間を階級で区別して敵視することに意味はなく、むしろ人間 ( 生命 ) の尊厳という次元から、人間の幸福と社会の発展をどう調和させていくか、さらに、人間社会の発展と自然・地球の存在とをどう両立させていくかを提言してきたのが公明党なのである。

つづく。

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