京都大学大学院での私の講演から

去る平成17年7月8日、私は京都大学大学院法学研究科、秋月謙吾教授の依頼を受け、大学院修士課程「都市行政分析」の講座で、「京都市の政策形成における政治と行政のダイナミズム」と称する講演を行いました。学生諸君の熱心な質問に私も大変刺激を受け、勉強になりました。以下にその講演の要旨を掲載致します。

05/07/08
「京都市の政策形成における政治と行政のダイナミズム」
                                 京都市会議員 竹内 讓

1. 自己紹介

2 . 政治と行政の関係
(1)国家行政と京都市行政
(相違点)
かつては国家は行政主導であったが、近年は政治主導が強まる。
⇔京都市は現在でも行政主導だが、市長・政党のパワーが増大傾向。

国家には基本構想が無い。
⇔京都市基本構想が策定(2025年を展望)。
  意外に思えるかもしれないが、国家には内閣府などの重要政策はあるものの、地方のような長期ビジョンがない。郵政民営化にしても時の総理の施政方針であって昔から存在したものではない。地方には一応四半世紀毎の基本構想ができている。だから国家としてどのような国をめざすかは明確にはなっていない。

国家は省庁毎の縦割り人事から省益争いが激しく非効率。国益を損なうことも。 ⇔京都市は一括採用し横断人事。全体観にたった人材養成。      
  国の省益争いの弊害は極めて優秀な人材が、実に小さな文言ひとつをめぐって一晩中でも議論している。権限争いということもあろうが、プライドをかけてのめり込んでいる感じがする。その結果若くしてがんで亡くなったり、うつ病にかかったりする私の友人もいる。地方のようにいろいろな官庁を経験できるようにして、全体観を養う方が国益に沿うのではないか。

国家はキャリアとノンキャリとの階級制度。
⇔京都市は基本的には実力主義。
  キャリアの不祥事や緩みを防ぎ、ノンキャリアの潜在能力を引き出す試験制度や人事制度が考案されるべきだ。大学卒業時の試験の成績で生涯の人間の能力ははかれるものではない。京都市ようにキャリア制度を廃止し、実力主義にすればもっと国はかわるだろう。京都市では高校卒業し、夜学の大学に通い、昇進試験に合格して特別職にまで上り詰めた人もいる。

国家行政幹部の政治センス。
⇔京都市では ?      
  行政幹部には政治センスが必要だと思う。私の体験では旧大蔵省の役人の政治センスはたいしたものであったと思う。細川総理の時に国民福祉税構想(消費税率アップ)を進めてきたのも旧大蔵省であったし、当時私のところにも全く別件から近づいてきた。京都市でも部門のトップになるような人はなかなかの政治センスがある人がいる。

国家の政策評価制度。 ⇔京都市の制度は現状では先進的。      
  政策評価制度は国よりも京都市のほうが先進的であると思う。詳しくは調べて欲しいが、市民満足度調査や外部評価制度を取り入れている。   
   
(共通点)
前例踏襲に甘んじている傾向は残る。内部の自律的改革が困難。
外部から指摘されないと動かない。一層外部評価制度は必要。   
国民・市民に対するサービス精神はまだ不足気味。   
人は多すぎる。民間委託はもっとできる。      
  京都市で外部の声を評価として導入して市民からも喜ばれているのは、市庁舎・区役所や支所での窓口対応だ。市民アンケートで点数評価してもらったり、市民モニターに各区役所を密かに回ってもらい、厳しく評価していただいている。また市民に対する発言責任をまっとうするために、職員には名札をつけさせた。まだまだお上意識が抜けず、行政は市民に対するサービス業へとシフトしていることがわからない人がいる。大衆は難しいことはわからないが、その人の人間性などは鋭く見抜いている。直感に優れているのが大衆だ。政治家はそういう人々に支えられている。      

(2)議員と役人の関係
政治の本質は闘争。議員の多くは勇・仁の人、役人の多くは知の人。
  議員は国民・市民の代表であるから、実に様々な人格の集まりである。当に国民の縮図である。しかし選ばれて当選する以上どこかに優れた部分がある。共通点を儒教的に言えば、勇や仁という品性が備わっているように思う。もちろん例外はある。知的レベルを比べると役人の方が全体としては上だと思われるが、社会変化に対する感性と行動力は議員の方が上だろう。大規模災害の時などにそのことが明確になる。    

政策の最終決定者は議会、役人は責任あるアイデアを出す役割。      
  民主主義社会では政策の最終決定権限は議会にある。役人は議会へ責任あるいくつかの案を出すべきだ。実際はこれしかないという案を出すことが多い。議会が修正をすることはある。     

議員と役人の緊張関係              
  役人は議員による評価を気にしている。議員のところには、実に多彩な市民相談がくる。役人に繋がなければならない事案も多い。役人も議員の相談事は誠実にスピードをもって当たる。  
      
(3)政策形成の基本
(私論)
国民生活のニーズ・時代の流れを的確に捉えること
現場第一主義+市民との対話+徹底調査+読書力+考える力
政治家も役人も指導者を目指すならば、幅広い教養に裏打ちされた大局観と総合力が必要。  
※英国は歴史学、フランスは哲学、アメリカは戦略デザイン、日本は法学重視 かつ両者に倫理的規範(社会的責任・自己犠牲・奉仕の精神)が強く求められる。 政治家には更に特別の倫理が要求される。   

公益価値について根本的に多元的に哲学する力が問われる
カントの価値論(真・善・美)
人間関係力の必要性 3. 京都市会の構成と政治風土(定数69)
自民党23、共産党20、公明党12、民主・都みらい10、無所属1 計66
  京都市は昔から共産党・野党が強い都市である。市民の政治意識も高く、共産党の宣伝が行き届いているため保守・中道を自認する市民でも権力に批判的な部分はある。

4. これまでの政策立案の主体者
市行政が主に立案、議会はチェック主体であった。        
  地方自治の場合、どちらかと言えば政策は役人が考え、議会がチェックし議決するという役割分担が長く続いていたという印象がある。しかし、政治状況から完全に独立した政策などはあり得ず、政策は市長・市行政・政党・世論などの力関係の中で形成されるものであろう。

5. 新しい流れ
(1)厳しい市長選挙と政党の役割の増大
桝本市長に一定のリーダーシップ ・「同和行政改革と教育投資の増加」    
  従来は市長と言えども、政策的には市役所の官僚集団(別名御池産業)の上に乗っかる存在であった。平成8年医師であった前田辺市長の突然の辞任により、急遽担ぎ上げられた桝本現市長が初当選したときは対立候補との差がわずか3千票という厳しさであった。このため平成12年の二期目の選挙までにはっきりとした実績が要求された。同和行政はこれまでの市長が手をつけられなかった難問であり、平成13年度には同和特別施策はほぼ終了した。また悪しき平等教育に陥っていた教育界に大なたをふるい、国立大学入学者を劇的に増加させた堀川高校への集中投資や中高一貫教育校の設置など、それまでの市長には無いリーダーシップが発揮された。しかしそれだけでは市民の不満を解消し、二期目の選挙を乗り切るにはまだまだ不十分であった。

市行政 ・ 時代の変化に気付かず    
  長引く景気低迷や地場伝統産業の不振などから、市民の生活上の不満が鬱積し、時代は首長の強い指導力によって大胆な改革が求められるようになっていた。しかし市長もまた優秀な政策集団である官僚集団もその変化に気付いてはいなかった。確かに一期目は成果もそれなりにあったが、当初市長・市役所側が提出した二期目の選挙公約は平板なものであり、とても厳しい選挙を乗り切れるような危機感を反映したものではなかった。

増大する政党の役割
・ 市民生活の不満の大きさやそれを煽る野党の宣伝に強い危機感
  大衆に直結している政治家や政党は市民の怨嗟が共産党支援に傾いていることを直感する。

・ 本格的な政策集(マニフェスト)作成のため政党主導によるPT発足   
 ※「観光客五千万人構想」  
  従来の市長選挙では政党は、市長と政策協定を結んではいたものの、おおまかなものであり、政党の存在感を示すことは少なかった。しかし平成12年の市長選挙からは、政党が市長・市行政サイドと初めてPTを結成し、政党が主導して本格的な政策集の作成にとりかかった。ポスターやちらしも政党サイドがリードした。 この時に大胆な選挙公約を表明するようになった。そのひとつが、「観光客五千万人構想」である。当時の観光客数は3,900万人程度であり、5,000万人というのは夢物語と思われたが、その後の振興策もあたり現在4,554万人となっている。経済波及効果は一兆円を超えており、雇用や所得に与える影響は大きい。この政策は、公明党が主導した。  

(2)京都市基本構想・基本計画(政策・施策・事務事業の体系)と予算編成
市役所がリーダーシップ
・ 基本構想は議会の議決事項、基本計画は議決不要(今後は必要となるだろう)   
  京都市基本構想は2025年までを展望したグランドビジョンである。平成11年12月に市行政主導のもと多くの文化人や知識人、市民の協力を得て策定されたものである。これを踏まえて2010年までの京都市基本計画が順次作られていった。基本構想は議会議決事項ではあるが、基本計画は議決事項ではない。議会は付随的に意見を述べた。

・ 京都市職員は独創性が高い。
※「借換融資制度の発案と全国展開」    
  京都市の政策・施策・事務事業の特徴は京都独自のものや、政令市初というものが多い。これまでは公的融資では民間銀行の融資を借り換ることはできなかったが、これを可能にした「借換融資制度の発案」は私の友人である市職員が発案し、京都市では残高累計2,462億円、全国では8兆9千億円の残高累計となっている。中小零細企業の多い京都市においては画期的な制度であり、現在の景気回復の下支えをしていると言えよう。その後私の提案によって、完全無担保無保証で、過去の決算にこだわらず事業内容で審査する、従業員数20人未満の会社向けの「小規模企業おうえん融資」を開発し、これも従前の制度と比べ件数で3.5倍、金額で5.9倍と融資残高が増大している。

評価、改善、新提案は議会質問から     
  議会は基本計画をそのまま了承するのではなく、意見を述べ、評価をし、足らざるを補い、改善すべきは改善させる。場合によっては新提案を行う場合もある。議会質問は依然として大きな影響力がある。  

与党と市幹部との根回しによる政策調整
・市から与党へ
・与党から市へ
  重要政策は事前に与党へ報告があることが多い。議員が自分の政策案を実現するためには、市幹部と十分な調整を行う。

政党から毎年の予算要望書が提出され、翌年の予算編成の参考となる
新潮流は政策提言 ・具体例〜公明党の場合、別冊提言集参考     
  公明党では従来のチェック機能にとどまることなく、新時代にふさわしい地方議会をめざしてきた。その結果、京都市基本構想・基本計画と競合し補完する目的から攻撃的な長期ビジョン・政策提言を発表してきた。これは議員団が毎年勉強会を繰り返し、スタッフの協力を得て策定している。京都市は随分とこれらの提言を参考にし、施策・事務事業の中に取り入れている。 
 
6. マスコミ・オンブズマンの役割
マスコミは情報収集や宣伝、世論形成に大きな役割
オンブズマンも監視役として緊張感を与えている

7. 議会事務局
国会との違い     
  国会は立法府として衆議院・参議院法制局、国会図書館などスタッフがそろっているのに対し、地方議会ではそこまでの体制はない。しかし、議会が条例提案できないわけではない。
 
8. 市民参加・電子行政      
  市民参加推進条例が制定され、以前と比べると随分と市行政への市民参加は増えてきたと思われる。しかしまだまだ一部の地域の有力者などに限られている面もある。また出前講座などによって役人が市民と対話する機会が増えたことは、市民感覚を醸成するうえでは良いことである。 今後市民参加が進むと議会の地位が低下するような意見もあるが、議員や政党の市民とのパイプは強力である。また市長といえども議会のバックアップがなければ当選できないのが実態だ。政党の支援を不要とするような市長が現れることも想定されるが、その場合でも議会抜きで何でもできる訳ではない。 電子行政の推進によって、パブリックコメントなど様々な声が市政にとどくようにはなったが、特殊な意見も多いようだ。

9. 労働組合と政策形成      
  労働組合は現状では政策形成にほとんど影響力はない。
 

以 上


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